『大経』に出てくる大乗の菩薩

6月6日(水)、津中日文化センターで「浄土三部経を読む」の講座がありました。
今回は、「大乗の菩薩」たちとは、どのような人たちか、ということについてお話ししました。

『大経』には、釈尊の説教を聞いた聴衆として「大乗の菩薩」が挙げられています。
そして、その「大乗の菩薩」たちは「無量世界に於いて、等覚を現成したもう」と述べられ、次に釈迦八相が説かれています。

昔、この意味がよく分からず、日渓法霖や金子大榮など先学の説を学んでも今ひとつ腑に落ちていなかったのですが、今回、大乗仏教や菩薩という概念が生まれてきた背景を改めて考えてみて、「仏に成れるにも関わらず、より多くの人々を救うために、あえて菩薩のままでいる菩薩」が、仏に成れる身であるが故に実際に仏に成る姿を示すこともでき、そのことによって実際に人々を救っている菩薩たちがここに集まっている、ということなのかなと思い、そのことをお話しさせていただきました。

この場合、『大経』以外の経典であればすべて説くことができる菩薩たちが集まっていた、ということになります。

そんな中、いよいよ『大経』の物語が始まります。
そういう菩薩たちを前にして、一体、釈尊は何を説くのでしょうか?
次回の「浄土三部経を読む」は7月4日です。乞うご期待!

紫陽花