亡き人は今

 息子さんを亡くされたお母さんがこうおっしゃいました。

 「仕事に行く前、すぐ帰ってくるからね、とお仏壇に声をかけて出かけています。お墓にお参りしても、また来るから待っててね、と声をかけています。納骨堂でも、そう言っています。でも、一体あの子は、どこにいるのでしょうか」

 子を思うやさしい親心が伝わってきます。

 「亡き人はお仏壇やお墓の中でじっと待っているのではないですよ。お浄土で仏と成られて、いつも私たちと一緒にいて、私たちを教え導いてくださっているのですよ」とお答えしました。

 また、「お経を読むのは亡くなった人のためではなくて、生きている自分のためとお聞きしましたが、そうなのですか」と尋ねられました。毎日読経されているとのことでした。

 「そうですね」と答えました。「何よりもこの私が聞かなくてはならない教えが、お経には説かれています。でも、なかなかお経を読んで勉強しようとは思わないですよね。そんな自分がお経を読んでいるのは、亡き人が導いてくださっているからこそではないでしょうか」

 亡き人は、お浄土で静かに待っているのではありません。生きている私たちにはたらきかけ、今現に教え導いてくださっています。

 しかし、私たちはそれに気づかず、亡き人や仏をどこか遠い存在のように思っています。仏を遠ざけているのは、実はこの私の方です。本当は、仏は私のすぐそばにいらっしゃって、常に私を教え導いてくださっています。

 今年は多くの人が亡くなりました。多くの人が仏となって、大事なことを見失っていた私に教えてくれています。何が起こるか分からない世の中であることを。だからこそ今を大切にすべきことを。助け合いや、やさしさが大事なことを。

 本当に大事なことを仏はずっと教え続けてくれています。そしてずっと待ち続けてくれています。

 この私が、今、目覚めることを。

「よびごえ」第55号 秋彼岸号 (平成23年9月15日刊)