お念仏の理由(わけ)

 阿弥陀仏は「私の名を呼ぶものを救う」と誓われました。阿弥陀仏の名を呼ぶ、つまりお念仏です。では、なぜ阿弥陀仏はお念仏を選ばれたのでしょうか。

 もし、頑張っている人を救いたいのであれば、もっと難しい行を選ばれたはずです。しかし、阿弥陀仏が選ばれたのは、お念仏でした。阿弥陀仏は頑張っている人を救うのではないのです。

 私たちの社会では、頑張って結果を出すことが求められています。私たちも、みんなに認めてもらいたくて、いい結果を出そうと頑張っています。

 しかし、いつもうまくいくとは限りません。いい結果が出ない時だってあります。頑張れない時だってあります。結果が出ない時はまわりも認めてくれません。頑張れない時は自分でも情けなくなります。しかし、そういう頑張れない時でも、見捨てることなく認めてくださっている方がいらっしゃいます。阿弥陀仏です。

 阿弥陀仏は、頑張っているから救うのではありません。何かをしたから救うのではなくて、無条件にあなたを救うと誓われているのです。頑張れない私を、そういう私であるからこそ、救わずにはおれないというのです。

 思えば、いい結果が出た時も、自分一人の力ではなかったはずです。それなのに、自分が頑張ったからと思ってしまう愚かな自分。浅ましく情けないこの私に、そのままでいいんだよと、阿弥陀仏はおっしゃるのです。初めから私たちを丸ごと認めた上で、救おうとされているのです。そして、だからこそ、お念仏を選ばれたのです。頑張ってるから救うんじゃない、そのままでいいんだよ、ということを、この私に伝えるために。

 このことに気づかされた時、私たちはありのままの自分を受け入れることができます。考えてみれば、私たちはありのままの自分に自信がなかったから、頑張って認めてもらおうとしていたのでした。こんなに頑張っている、こんなにやってきた、と。でも、実は初めから認めてもらっていたのでした。この時、ありのままの自分として、人の評価を気にせずに堂々と生きていくことができるようになります。そしてこれこそ、阿弥陀仏がお念仏を選ばれた理由だったのです。私が私となるために、阿弥陀仏はお念仏を選ばれたのです。

「よびごえ」第54号 春彼岸号 (平成23年3月15日刊)